2021年1月号 新年を迎えて

信じた者は救われる?

 農業、医業、学業、漁業、林業、商業、政治業などこれら全ての業種の中で、新年を迎えて、人類が幸せになるビジョンを携えている業種があると思いますか?
心からあると言い切れる業種があるとすれば、新年に少し明かりが見えるかもしれませんが、この目から見ると、全くないと言っても過言ではありません。

 現代を風刺してみると、多くの人が、皆で決めた広い道(多数決原理の道)を進んでいますが、この道が突然無くなってしまい、その淵に立ち止まろうとしても立ち止まって引き返す事は出来ない。なぜなら、後から後から、広い道(多数決の道)が正しいと言う幻を信じた人達が、何の迷いもなく次から次と進んでくるからです。

 そしてストンと無くなってしまった道から当惑しながら落ちていく人達の姿が、想像できます。
このような事になるのではないかと気付いている人がたくさんいると思うのです。その人達は勇気を持って、声を出し、行動を起こしましょう。

自分の人生を誰かに依存してませんか

 過去の歴史は、革命と偽って権力の奪い合いを血を流しながらやってきましたが、それがいかに馬鹿げた事か、もう気付いているでしょう。ほんの少数の権力、支配力を手にしたい人達の書いたシナリオどおりに進んできたために、もうあと一歩で地球人類の大半が消えてしまうと言うとんでもない所へ来てしまいました。

 今こそ、一人一人が何が本当に大切なのかを気付いてほしいのです。永い永い歴史の中で、一杯学習してきたではないですか!権力や人を支配したり、地位を持つ事が皆の幸せにつながる事はあり得ないと言う事を!地位や権力、支配力、それらを支える道具として作られた経済が、今では経済力があれば何でも手に入れられると勘違いを多くの人がしてしまい、(これも人を支配したい人達が書いたシナリオですが)今では何でも、金という物差しでしか判断出来なくなり、この地球上の生き物にとって何が一番太切なのか、気がつく心さえ閉ざされていると思いませんか?

 例えば、有名校へやるために、2、3歳から左脳教育をして、幼稚園から入園試験をやらされ、勉強勉強と追い立てられ、良いと言われる大学を目指す。良い大学を出ることは、良い生活の保証。つまり、現代においては人の価値を決めるのが、お金と言う基準で、人は物と変わりない扱いを受けているのです。

 それにも気付かず、多くの家庭では、塾だ塾だと、教育費を稼ぐために母親がパートへ出かけるので、家の中に嫁さんも神さん(おかみさん)もいなくなり、子供達やとうちゃん達の憩いの場所が消えてしまい、挙句の果てには家庭崩壊、とうちゃんホームレス、子供の非行、金を取るために人の命まで取ってしまう人さえ出てくる。

 幸せになるために勉強したはずなのに、気付いてみると地獄に落ちている人が山ほどいると思いませんか?

人生を自由に生きるとは

 人は何のためにこの地球上に出てきたのでしょう。人と争うためでしょうか?人を憎み、人殺しをするために来たのでしょうか?人をけ落とし自分だけが地位や権力を握るためでしょうか?
小鳥達や自然界の中で自由に暮らしている生き物達を見ていると、人もこの星(地球)に来た頃は、自然からのいただき物だけで楽しく暮らしていたのだろうなあと、いつも思います。

 そういう赤峰も35、6歳位までは、お金を持つ事が幸せになる道だと思って、お金を求めて借金を増やし身動き出来ない所へ追い込まれて、借金地獄の中で何とか這い上がろうともがいていました。そんなある日、仲間と酒を飲んで、鉄棒遊びをしていて2メートル位の所からコンクリートの土間へ頭から落下して頭皮が割れ五十針近く縫う大けがをして奇跡的に助かりました。

 あとで一緒にいた人達からその状況を聞いているうちに、やはりあの時、死んでいたのだと理解できて、死んでしまえば何も持って行ける物はないのだなー、裸で生まれて裸で死んでゆく、自分のものなど何も無かったと気がついたのです。

 その事に気がついて世の中を見つめ直してみると、今までの自分のやって来た事が何とも空しいものだと思い始めたのです。そんな時、元気だった妻が突然、多発性関節リウマチになり、毎日苦しむ妻を看病しながら、何より大切な物は健康である事を知らされました。

幸せはいまここにある

 そんなおり、玄米食と巡り会い、一年ほど食べ続けると変化が起き始めたのです。
この世に自分の物は何もないと知った事で、物に対する執着が少なくなってきたのに加えて、玄米食のおかげて体もメキメキ元気になり、心も軽くなり、毎日が明るく楽しくなってきたのです。
そんなある日、間引いた一本の人参を見つめている時に、「あっ!そうか、すべては回っているのだ」と閃いたのです。「回っている事が正しい生き方なのだ!
循環が全てだ、循環しないものは、腐って滅びていくのだ。なあーんだ、そうだったのか!」と解ったのです。

 さらに、人は一日しか生きていない事も理解出来、一日を精一杯悔いなく楽しく生きる事、そして楽しく生きた結果が、他の人を喜ばせる事が出来れば、自分もまた楽しくなり、喜びが倍加するのだと知りました。

 私達一人一人にとって、最高な幸せの原点は、生きた命をたっぷり蓄えてくれている化学肥料も農薬も必要としない、自然循環農法で出来た旬の作物君達であり、野草さん達なのです。
肉体の命は植物でしょう。
植物の無い所に人は生きる事は出来ない事を知ったうえで、心の事や色んな事を見て行くと、何か本当に大切かはっきり見えてきます。
そして一人一人が、「最高に幸せな毎日だ!」と感じた時、世の中は血の一滴も流さず変わります。一人一人の意識の変革の道こそが進まなければならない道だと思っています。

これは、2000年1月の巻頭文です。今も変わらず皆さんに伝えたいことです。特に昨年はコロナ禍の中、利益追求の経済がうまくまわらない事態になっています。今までの経済活動にのせれられて考え行動してきた私たちは、何を大切にして生きるのか、一人一人がしっかりと考える時ではないでしょうか?

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