2021年4月号 本との出合い 人との出会い 全てに意味があった

父から与えられた本

 本との出合い、そして人との出会いが人生にとってどれほど深い意味を持つか、心の糧になるか、皆さんも経験されていることでしょう。なずなの会を作るまでを振り返ってみますと、全てに意味がありました。

 「本に出合った」といえる出合いは、小学校3、4年の頃、父から与えられた『剣道訓』と『柔(柔道)』の本です。見るだけで読みこなせる本ではなかったのですが、その本の中に出てくる、
新陰流の事や、山岡鉄舟先生、山田治郎吉先生、そして加藤完治先生などのお名前は、いまだに心に残っています。

 小学生の自分に、こんな難しい本を与えたり、剣道や柔道を教えてくれるのは良いのですが、木刀で叩きすえられたり、ワラやモミガラの中へ投げ飛ばされたりと稽古のたびに泣いていました。

 次に思い出に残る本は、中学一年生の時、これも父から与えられたものですが、富田常雄氏の『浮雲日記』という、本の厚さが5皿ほど(490頁)もある小説でした。主人公は春信介という青年で、田舎から文明開化の東京へ出て、いろんな出会いや、いさかいの中で小さい頃から鍛えられた柔術で身を守るという、今でも断片的に覚えているほど感動と感激で、夢中になって読んだ事を思い出します。

ケンカ早い少年が天体に興味をもつ

 人生に大きな影響を与えてくれたのは、中学2年生の頃出合った、『天界』という雑誌でした。
その本によって星の世界へ興味をひかれ、教材の天体望遠鏡を借りて学校のグラウンドで夜、星の観測を続けたある日、土星を見たとき、身も心も震える思いでした。宇宙の広大さを垣間見たその時、それまでけんかで一番になって人を従えようとしていた自分の滑稽さに気付かされました。

 それ以来、けんかを避けるようになり、天文や写真の虜となっていきました。写真は撮って現像して、自分で作った焼き付け機でネガに焼き付けたりと、これも又楽しい世界でした。

 中学三年位から特に本が好きになり、時間かあれば小説やいろいろな本を読むようになりました。高校時代は本を買うお金がないので、貸本屋へ毎日のように通い、一日10円の貸し賃なので、授業中も教科書に本を重ねて読み、一日で一冊読み上げては次の本を借りるといった具合でした。高校生は腹が減るので、お金があればパンや回転焼きを買いたいところですが、それ以上に本の魅力が大きかったように思います。

本の虫がついに出合う

 特にそのような中で出会った、トルストイの思想と本には、かなり大きく影響されました。自然学校を作ろうとしたり、循環農法を伝える為、弟子制度を作ったりしている現在の考え方の元になっていると思いますし、高校時代に全国民に2年間の百姓役をかけるべきだなどと言っていたのも原点はこのあたりにあると思います。

 トルストイについては、後にご縁をいただいた北御門二郎氏が訳された『イワンの馬鹿』これがとても素晴らしく今でも誘演や問答塾で紹介させていただいています。

 卒業と同時に野菜専業農家を目指してからは大変な苦労でした。明日の仕事がどうしたらよいか解らないわけですから、毎夜、野菜の専門書と首っ引きです。ようやく野菜作りに自信を持ち始めたのもつかの間、野菜に病気が出始め、原因がわからない日々を過ごしている中で出会ったのが綿貫先生であり、恩師である米洋先生でした。土の分析を学ぶなかで、米洋先生の「完全栄養であれば農薬はいらない」という話から、無農薬我培への取り組みが始まったのです。

 それからも失敗続き、試行錯誤の連続で12年かかってようやく完全無農薬無化学肥料での栽培が
完成したのですが、完成するきっかけの一つとなった大きな出合いの本が、有吉佐和子著『複合汚染』でした。主人公である梁瀬先生の「土から出来たものは土にして土にかえせ」というすばらしい教えは、かって草の堆肥だけですばらしいピーマンが育った経験があったので、
その意味深さを深く実感することができたのです。

 無農薬を完成して問もなく、なんと梁瀬先生と和田重正先生の講演会の案内が手元に届き、これは是非とも行きたいと、なんとかお金をやりくりして奈良の五條市に出かけました。そこで、また多くの本との出合いがあったのです。『怖い食品1000種』という本に巡り会い、それまで目を向けることのなかった食品汚染の実態、農薬や化学肥料の間にこのように汚染が進んでいることを知り、複合汚染の意味を深く実観した次第です。

循環の世界に導かれるように

 そして、『千島学説』に出合い、さらにマリリンーファーガソン著『アクエリアン革命』の存在を知ることになったのです。21世紀は水瓶座の世紀で、血の一滴も流さずに世の中の流れが変わる、無血の革命が起きるというすばらしい本です。奈良での三日間はその後の人生に必要なものが、あらかじめ用意されていたようななんとも意義深いものでした。その後も次々と良き師、良き本との出合いが続いています。

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