2020年6月号 真の豊かさって何でしょう?

豊かさと幸せの価値値観の違い

 池田内閣の唱えた所得倍増計画論、「貧乏人は麦を食え」は赤峰の年代以上の人なら多くの人の記憶に残っている言葉だと思います。

 国のリーダーたちも国民も一丸となって経済的豊かさ、つまり金を得ることが豊かさであり幸せになる道だと誰一人疑うことなく、人々はがむしゃらに働いてきました。そのお陰で人々は、ある程度のお金を手にすることができ、「経済大国日本」と世界から注目されるようにはなりましたが、はたして日本国民の全てが外国から見るようにお金持ちになったという自覚を持てているのでしょうか?百姓生活を通しての赤峰の目から見ると、昭和ニ○~三〇年代、農村には確かにお金はありませんでした。しかし、二〇年代であれば、六~七人家族で一年間一〇万円もあれば大変豊かな暮らしができていたのです。確かに農作業は手作業が多く、田植え時や収穫時期は猫の手も借りたい程の忙しさでしたが、そういう中でも人々の心の中はゆとりがありました。

 自給自足の生活の中で隣近所の助け合いも親戚同様でしたし、当然親戚同士も春祭りや秋祭りにはごちそうを作って行き来する家族同様の関係で、いざという時はすぐに駆けつけ助け合って生活していました。 自給自足の生活の中で作り出す味噌、醤油、漬物、梅干し、味噌漬け、夏場のまんじゅう、冬のお餅、そして、芋あめや焼き米、小麦粉を使ったいろいろなおやつ。
また、野山に行けば四季折々の木の実や野草など自然からの贈り物。

 このように人の体を健康にしてくれる食べ物があふれていましたから、病気になる人も少なく、病気と言っても怪我をするか一食抜けばすぐに元気になる腹痛(はらいた)くらいでした。

 子どもたちは春先、遊びに出かけるときは大概塩を持って出かけ、イタドリやスイバに塩を付けて美味しくいただいていました。

今思えば農村の生活は本当に豊かでした。ところが現代はどうでしょう。お金を少しは手にしたかもしれませんが、近所付き合いはさっぱりとなり、親戚にしてもめったに会うことはなくなりました。

昔と今、田舎と都会の移り変わりを観る

 赤峰が育つ頃、従兄弟と言えば兄弟同様だったのに、核家族化が進んできた現代の子どもたちは従兄弟なんて会ったこともないと、笑うに笑えない寂しい生活環境になってしまいました。
人も物も豊かだった農村生活は所得倍増論によって本当に貧しいものになってしまいました。

 農家の主婦がお金を求めて外へ働きに出かけ家事や自給生活を投げ出し、家庭菜園はなくなり、パートの帰りに弁当や惣菜、野菜までも買って帰るという、とんでもない生活をするようになりましたから、いくら稼いでも足りない。その上、男の人たちは外に働きに出るためには農作業を合理化する必要に迫られ一年の内でたったニ、三日しか使わない農機具からトラックまで買い、まるで展示会が開けるほど各農家の軒先に並んでいます。畑や田んぼで楽しみながら農業をすることなんてできなくなりました。

 農機具などの支払いの為に一日でも多く外に現金稼ぎに出なければなりません。また人が集まればお金の話ばかりで豊かさゆとりは全くなくなりました。
農地や山林は荒れ放題で猪や鹿、狸、狐の住みかとなり人の生活空間は彼らに奪われてしまいました。家の周りを猪などの野生動物が徘徊するようになり、特に雑食性の狸や、狐は残飯をあさるためにアトピーになって哀れな姿をさらし、道路のあちらこちらで死骸となっている可哀想な姿を見かけます。

 都市生活はさらに厳しくなっているのではないでしょうか。
都会に出かけるとよく見かける立ち食いそば屋さん。中身は全部輸入品で、国産はとんぶりと水だけ。その水も下肥で汚され、塩素たっぷり。生水を飲もうとすれば、お金を出してボトルの水しか飲めない都会生活。それでも牛井やハンバーガーの値下がりを喜ぶ学生やサラリーマン。
中国、韓国、東南アジアから入ってくる野菜や椎茸を喜んでいるお母さんたち。

 その一方では野菜や椎茸農家は輸入規制してもらわなければ収入が減ってローンが払えない、生活ができないと叫ふ。政治家やお役人は慌てて規制する。次は輸出国が黙っていない。このイタチごっこ。

体あっての物種

 日本国民の生活は誰が握っているのでしょう。安い物ばかり追っかけ回している日本人。食べ物は命の元であるはず。食べ物なくして健康はあり得ない。健康なくして人として生まれてきた意味がどこにあるのでしょう。今一度、食の大切さから自分の生活を見直してほしいのです。身土不二の食べ物、陰陽に適った食べ物、化学肥料・農薬を使って育てられた農作物の危険性、こういう事に自を向けてほしいのです。

 今こそ一人一人が本当の豊かさとは何なのかを深く考えなければならない時だと思いませんか?このまま進んでよいのでしょうか?ガンやアトピー、難病奇病が増えているのはなぜか?このまま輸入食料に頼っていてよいものなのか?お金を持つことが本当の幸せでしょうか?

 自然界の生き物にお金があるでしょうか?畑で仕事をしていると、すぐ近くまでやってくるヒバリ、春になれば綺麗な声で鳴き、恋に戯れ子育てに励む。
この繰り返しで本当に幸せそうです。自然界の生き物は人間のように仲間同士で殺し合ったり、奪い合ったりしないし、お医者さんも弁護士も政治家も教育家もいませんが、決して道を間違えることなく、元気で豊かに、幸せいっぱいに一日を生きているように見えます。

 人も自然界に生きる生き物に変わりないのです。自然の中で生かされて生きているという原点に戻って、自分たちの生活を見直してみましょう。経済中心の生活はもう終わりにしましょう。

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